先週、房総半島行ってきたばかりだが。
Ranさんの予言。なかなかきになる予言。
五輪が二回で、十輪(蹂躙)かあ。。。
日月神示にダジャレは外せない。
以下、RANさん本人のコメント欄のコメント。
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再度失礼致します。Ranです。 以前のインタビューの時から敏太郎さんは私が元占い師であった事を知っていました。 今回のインタビューにあたって、打ち合わせをしました。 その際、占いは もう やらないの?と質問されましたので、実は今、歌手として活動を始めていまして・・・と申し上げました。 後日の本番の際、突然 敏太郎さんから告知を!と言われ、敏太郎さんの男氣・優しさ・温かさを感じ、感謝と共に あの様な告知をさせて頂きました。 また、当日は声が枯れ、寝起きだった為、頭も口も回っておらず、お聞き苦しいかと思いますが、お許し下さい。 この年令で新人の歌手見習い的な立ち位置の人間には、やる事が多すぎて、数日ベットでまともに寝ておりませんでした。 そして、神示についてですが。 私に下りてくる神示は、私が理解しやすい言葉や例えで下りて来ます。それでも解りづらいですが。 勿論 最初は自分自身の事も、神様だと感じる方の事も疑いました。なぜなら、多少なりとも各種の学問をかじって居るからです。 しかし、どこそこに こう言う神社があるから行きなさい的な事を言われて(勿論 私はその神社の存在は知りません)行ってみたら本当にあった・・・とか。 そこに行って参拝する事にどんな意味があるのかは私には全くわかりませんが・・・。 その他、ここでは語り尽くせない程の、シンクロ。また、お名前を聞いた際に 答えた名前(当然 私は知らない名前です)を答えられ、 後に その様な名前の神様が居るとわかったり、偶然として片付けるのは、かえって合理的ではないと思うに至りました。 今回のインタビューでも、意味がわからない!と、私は何度も言っています。 あがたの獅子(確認したところ、猪ではなく獅子でした)が突進してまいるぞ・・・ これですが、あがたの獅子とある様に、色々な事象・事柄を言っているのだと思います。 今、新型肺炎もその一つなのではないか?とも思っています。 そして何より、私に来た神示は、とても分かりづらいものです。 例えば、神示い1の一文が、神示5の一文と繋がっていたりします。 つまり、バラバラにピースを投げられている感じです。 ですので、どこをどう お話ししたら良いのか、今回のインタビューでは戸惑って居りました。 ですから、目に付いた一文を読み上げる形になりました。 そんな神示の中にこんな一文があります。 『天明に失すれど ふくしん拠り所もなく下って参ったぞ』 解釈は皆様にお任せ致します。私からの見解は差し控えます。 ただ、最近 日月神示を読みましたが、あれは おそらく縦書きで書かれる事前提で下りたものだと思います。 私のは横書きで書かれる事前提で来たのだと思います。 神示1~11迄、一貫して言われている事は、早く氣付きなさいと言う事です。 言葉を額面通りにとるだけではダメだと言う事です。考え氣付きなさいと何度となく言われて居ります。 多分、皆様にも、ご神託と言う形ではなくても、よくアンテナを張っていれば様々なヒントやメッセージが出ていると思います。 それをどう繋ぎ合わせて解釈し、氣付き、行動するか?を、上の方は求めているのだと思います。当然 私にもです。 大本教と岡本天明・・・どうなったでしょうか? 神示の ある部分では、その二の舞になってはダメだと言っている様に思えてならない部分も御座います。 母親が子供に、早く寝ないと お化けが出るよ・・・こんな感じの事はよく聞く話です。 上の方々も、私達に対して同じなのではないでしょうか? ただ、私程度の人間に下りて来ると言う事は、やはり時間が無いのかも知れません。 表に出ていないだけで、おそらく、日本だけではなく世界中で同じ様な体験をしている人は沢山居ると思います。 受け取った人間(例えば自分=私)だけが特別だと考える方が不自然です。 書き尽くせない部分ばかりですが、思うところがありまして書かせて頂きました。 議論・討論をするつもりは 御座いません。 再度、長々と失礼いたしました。
山口敏太郎 様 Ranです。インタビュー有難うございました。 神示の全編全文メール致しましたので、宜しくお願い致します。 今回のインタビューを お聴きになって不安がられている方もいらっしゃいますので、勝手ながらちょっとだけ書かせて頂きます。 以下は、2019/02/12 3:15分~5:35分 に下りてきた神示の最後の部分です。 カッコ内は、受け取っている時、書き取り役をしてくれていた相方に、その場で『それ、こう言う意味ね!』と入れた注釈です。 —————————————————————————————————————————————— 進む時、初歩(初めの一歩)、終歩(最後の一歩)が 大切なるぞ。 終歩は初歩となりて、初歩は終歩となる。このめぐりの道理あるがゆえ、成長なさしめたまう。 この全て 歩けばよし。足並み揃わぬものは手をひき、いちじにありては、そのものに歩幅合わせ、ばんじにありては、そのものを引き寄せるがよい。 しかしながら、この世の歩幅ときけば、横一列と思うであろうが、理(ことわり)からすれば、時に外向きの輪(和) 時に内向きの輪(和)、 (→=本来の意味は、個々が同時に内向きと外向きでなければならない の意)。 これが神の言う足並みであるぞ 分かったか?その輪(和)には中心(人間の特別な中心人物)はおらんのだ。 それぞれが、それぞれの方向を向いている。(内向きの時は互いに目と真心を向け、互いに中心を見つめ合う)。 それがゆえに、輪(和)として成り立つのじゃ。これがまことの輪(和)であり、歩き方ぞ。 このこと 腑の底に しっかりと おさめおけ。さすれば間違い、たがうことなかろう。口伝えよ。 今という時に難儀をかけるが、あらたえの年、あらたえの時の為である。 —————————————————————————————————————————————— 今までこれらの神示の事をネットなどで言ってはいけないと言われていました。 表現としては『電気はいかん』です。 付け加えますと、神示のなかで仰々しく名乗った方は一人だけです。 後は、お名前を訪ねた結果、答えてくれたものです。 そして何よりも、人々を怖がらせる意図はないかと思います。 危険を予め教えておくから、希望を持って今日を懸命に生きなさい。 つまり、九州や北海道にも、こう言った神示を受け取っている方が居ると考えられます。 神示の中に神示を出してはいけない、ひとつの理由として『皆が皆、同じ道理で動くまい。助けられるものも助けられなくなる』から、今は出しちゃダメ! と言われていました。2014年の事です。 ですが、今は出す時だと提示されたので、今回お話させて頂きました。 そして私に関しては生活などを改め、下りやすい精神・身体にしておきなさい。と、言う意味で叱られました。 インタビューの時間内では、なかなか細部まで話せませんでしたが、11編の神示は今読み返すと一貫して、 大変な時代になるが、明るく真心と愛で人と繋がり乗り切りなさい。その為には力を貸す。と言っています。 何も怖がらなくていいと思います。 かくいう私も調布に住んでいます。首都直下の地震でもくれば地盤の弱い調布あたりはガタガタになります。 ですが、そうならない様、前もって注意をしてくれているのだと思います。 おそらく、恐怖心こそが最悪を呼びます。用心しつつも明るく生きていく事が大切だと、神示は伝えてくれていると思います。 だから私は、人生の最後を飾る道を選んで歩み始めました。 ちなみに、私は皆様と議論・討論するつもりは毛頭ありません。 間違って伝わってしまった事を、正しくお伝えしたかったので、コチラに書かせて頂きました。 長文失礼いたしました。。。