なぜなら、100%の悪というものは存在せず、善と悪の境界は曖昧
悪である相手を壊滅させようとすれば自らも悪となることは避けられない
イスラエルの病院攻撃が非難されているが、実際のところ、避難している住民の中にはテロリスト支援者もいるだろうし、将来のテロリストもいるだろう。
今回のイスラエルの反撃を見て、テロリストになって報復しようと決意した者もいるだろう。
徹底的に悪を壊滅させる = 自らも残虐な存在になるということ。
そうしたところで、やはり悪は壊滅できない。
結局、悪は壊滅できない。悪を攻撃しなければしないで、テロは起き続け、各地で悪は黒い拡大を続けるだろう。
そうして数千年が過ぎた。
今。
文明最期の時。
悪なる存在の輪廻が停止し、抹消され、カルマがゼロになった魂だけが行ける神の国
そこには、確かに悪は存在し得ないかもしれない。
今日までの御教は、悪を殺せば善ばかり、輝く御世が来るという。これが悪魔の御教ぞ。この御教に人民は、すっかり騙され、悪殺すことが正しきことなりと、信ぜしことの愚かさよ。三千年の昔から、幾千万の人々が、悪を殺して人類の平和を求め願いしも、それは儚き水の泡。悪殺しても殺しても、焼いても煮てもしゃぶっても、悪はますます増えるのみ。悪殺すというそのことが、悪そのものと知らざるや。神の心は弥栄ぞ。